Research.03
生き物のように動くプラスチック
化学反応回路を持つゲル微粒子
私たちの周りに溢れているプラスチックは、石油由来の炭素・水素からなる基本単位の繰り返し構造を持った高分子物質の一種です。同じように繰り返し構造を持つ高分子物質は自然界や体内にも存在し、ゴム、漆、繊維材料、DNA、タンパク質などが該当します。なかでも体内に存在する天然高分子のタンパク質は20種類のアミノ酸からなり、皮膚や筋肉、臓器などの組織を構成したり、化学反応を進める酵素として働いたりします。タンパク質は同じ場所に同じ形でとどまるのではなく、相互にコミュニケーションを取り、化学反応を引き起こしたり自分自身が形を変えたりするなど、動的なシステムを組み生体を維持しています。
当研究室が主に扱うハイドロゲル微粒子は、無数の合成高分子の鎖が絡まり合った100 nmぐらいの大きさの粒子であり、プラスチックの一種です。このゲル微粒子を合成する際にモノマーにアクリルアミド誘導体を用いてラジカル重合すると、温度変化に応じて水を吐きだしたり取込んだりする事ができるゲル微粒子が得られます(文献1)。ただし、温度の上げ下げは私たちが行う必要があるため、タンパク質の動的なシステムに比べると受動的といえるでしょう。
一方、当研究室が開発したインテリジェントゲル微粒子は、自分自身で能動的に動くゲル微粒子です。鍵となるのは、化学反応とのカップリングです。酸化/還元反応が周期的に生じるベロウソフ・ジャボチンスキー反応(BZ反応)の金属錯体から成る触媒をゲルの網目の中に固定すると、酸化/還元状態によってゲル微粒子の水の保持具合が変化し、化学反応の進行と共に、微粒子が大きさを変えます(図1, 文献2)。時間周期的に自ら大きさの変化させるゲル微粒子が得られるのです。
図1 合成高分子から成るゲル微粒子が示す能動的な大きさの変化。
ゲル微粒子がくっついたり離れたり
この自ら大きさを変えるゲル微粒子の分散液は通常透明(あるいは、白濁)ですが、微粒子の大きさが変化することによって透過率が変わります。温度条件を変えながら透過率の振動を見ていくと、27℃で突然変化幅が大きくなります(図2)。温度が低いときは微粒子が大きさを変えていただけであったのに対し、27°Cではブラウン運動している微粒子が接触し、会合していました。しかも会合するだけでなく、それがまた離れ、再び一粒の微粒子まで戻るのです(図1)。外部からコントロールすることなく、ゲル微粒子だけで膨潤/収縮、そして凝集/分散を繰り返すこの驚くべき現象を発見しました(発見当時は、東京大学吉田亮先生の下で学術振興会特別研究員PDとして研究に従事していました)[文献2]。
図2 ゲル微粒子分散液の透過率変化。
ゲル微粒子を集積して心臓様の物質を創成
生き物の体の中で周期的な動きをする組織の代表格は、心臓でしょう。当研究室では似たような現象を合成高分子微粒子からも達成しました。個々のゲル微粒子を心筋細胞と見なして集積化し、心臓の拍動のように大きな体積変化を示す人工物を得る事ができました(図3左, 文献3)。振動挙動を詳細に観察すると、低温時は個々のゲル微粒子の体積変化に起因する挙動が見られ、高温時にはゲル微粒子の分散と凝集の挙動が発現して体積振幅が増大しました(図3右)。
(a)
(b)
(a)ゲル微粒子を集積化することで、心臓の拍動に似た体積振動を示す。
(b)温度条件に対する体積振動挙動の変化。
図3 ゲル微粒子集積体の大きな体積振動
当初、この心臓様のマクロゲルは一周期辺り100秒程度を要していましたが、ゲル微粒子の化学組成の最適化や化学反応の制御によって、心臓の拍動と同等の1.3秒の短周期制御を達成しました(図4)(文献4)。課題はまだ山積みですが、将来的な人工心臓などの応用に向けた自律駆動材料としての可能性が高まっています。
図4 ゲル微粒子の高速振動化
生き物のように動くプラスチックの更なる上の世界は?
生体内では、タンパク質を中心とする生体分子の会合体が絶えず時空間発展することで、生命活動の維持を担っています。材料開発も、単独の成分を作り出す時代から、創り出した素材を如何にダイナミックなシステムに組み込むのか?に時代が変わってきた感があります。こうした研究を切り拓くために、当研究室では微粒子のサイエンスを深めるのはもちろん、生物や医学、物理学などの異なる研究者と共に議論をしながら進めています。
天然高分子の資源に限りがあるなか、合成高分子の現代における貢献度の高さは、述べるまでもありません。その存在を提示されてからちょうど100年が経った高分子は、既に我々の生活と切っても切り離せない存在です。とはいえ、合成高分子、中でもプラスチック製品や海洋プラスチックによる環境汚染の問題は、国際的な課題となっています。
当研究室の研究がゲル微粒子という人工ナノプラスチックへ新たな視点を提供し、持続可能な開発を可能とする世界へと切り拓ける端緒となればと願い研究を続けています。
参考文献
1. R. Peltonほか, Adv. Colloid Interface Sci., 85, 1 (2000).
2. D. Suzukiほか, Angew. Chem. Int. Ed., 47, 917 (2008).
3. D. Suzukiほか, Soft Matter, 8, 11447 (2012).
4. K. Inuiほか, ACS Appl. Polym. Mater., 3, 3298 (2021).